
管理会計の専門家が語る、「専門だけでは負ける」AI時代の条件
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〜生き残る条件は、専門の外にどれだけ関心を持てるか〜
生成AIを使うと、報告書も計画書も、これまで打ち込んでいた時間が一瞬で済むようになります。実際に使っている人ほど、その感覚は強いはずです。ただ、そこで空いた時間をどうしているかまで意識している人は、多くありません。
お話を伺ったのは、駒澤大学経営学部の猿山義広教授。管理会計を長く研究し、近年は内部監査の分野で生成AIの使われ方を追いかけてきました。そして猿山教授自身も、日常的に生成AIを使う1人です。文章を書くときは8割まで自分で書いてから渡します。浮いた時間はチェックに回します。そう決めているといいます。
この記事で伺うのは、AIを入れる会社が何につまずくのか、専門家自身はAIとどう距離を取っているのか、そしてAIが得意になっていく世界で、人の側に何が残るのか、の3つです。
猿山 義広
駒澤大学経営学部教授/博士(商学)1959年東京都生まれ。1990年3月早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。同年4月より愛媛大学法文学部専任講師。1996年4月より駒澤大学経営学部助教授。2000年4月より同教授、現在に至る。専門は管理会計論。(論文)「外国人留学生への日本語簿記教育の問題点」(共著)駒澤大学外国語論集 (38) 123-136 2024年12月 。「日本における大学の内部統制について」駒澤大学経営学部研究紀要 (51) 1-27 2022年3月。「大学におけるリスクマネジメント」 駒大経営研究 53(1・2) 1-30 2022年3月 。
経理はコストセンター、増えるのはAI

経理や監査の部門は、営業のように売上を作る部署ではありません。だからこそ、人を増やしにくい部署でもあります。猿山教授は、この分野でAIの導入が速く進んだ背景を、そこから説明します。
導入するかどうかは、費用対効果の計算で決まります。猿山教授が実際に見せてもらった資料も、節約できる時間を金額に置き換えたものでした。
では、人は本当に減ったのでしょうか。ここで猿山教授は慎重でした。会計チームが3人から1人になったといった実例は「実例としては、ちょっと聞いてないですね」と話します。日本の会社では、システムを入れたからといって人を減らせるわけではありません。効いてくるのは人数ではなく、時間のほうでした。猿山教授は、会計や監査の仕事は残業続きで、長時間の労働が当たり前になっていると聞いており、そこが短い時間で済むようになったことのほうが大きい、と話します。
導入でつまずく、エクセルの達人がいる会社
| DXとは |
|---|
| デジタルの技術を前提に、業務のやり方そのものを組み替えることを指します。会計の分野では、経理システムを単体で電子化するのではなく、営業や仕入れ、製造のデータとつなげていく動きがこれにあたります。 |
会計は、1980年代から会計情報システムという形でIT化が進んできた分野です。それが経理の中だけで完結せず、営業や仕入れ・製造と結びついていきます。猿山教授は、それをDXの流れだと整理します。決定的だったのはクラウドで、社内の情報を外に出さないという前提が、コロナ禍を境に崩れました。「そうなってから、もう本当にトントン拍子だと思います」と猿山教授は振り返ります。
ところが、猿山教授がよく耳にしたのは、動き出したあとの不具合ではなく、動き出す前の苦労でした。
そこで猿山教授がいつも伝えていたのが、次の一言です。
移行を難しくしているのは、技術というより人の配置だと猿山教授は見ます。担当者が数年で入れ替わることを前提にした欧米の職場と比べて、日本の職場には、長く同じ仕事を担ってきた人が残ります。「日本だと、習熟した名人、エクセルの達人みたいな人がずっと残ってますから」。そのやり方を捨ててくださいと言うことは、その人の仕事をなくすと言うことに近くなります。

選び方も、思ったほど厳密ではないようです。実際のデータの一部を使い、この期間のこのデータを入れるとこう出力されます、というデモを見て、これなら使えそうだと判断します。似た製品が何社もあるので、他社と比べてこの会社ならよいだろう、という決め方になります。そして1度入れてしまえば、会社はそれで回してしまう、と猿山教授は言います。だからこそ、決めるのは入れる前です。
- ・既存のエクセル業務のうち、どれを捨てるかを先に決める(残す例外を絞る)
- ・デモで使うデータの期間と範囲を確かめる(本番と条件がずれていないか)
- ・移行後に運用を持つ担当者を決める(属人化した業務の引き受け先)
- ・乗り換えるときに何が持ち出せるかを確認する(積み上げた学習は移せません)
4つ目は、取材のなかで出た論点です。1つのシステムを使い続けるほど精度が上がるとすれば、乗り換えの負担も同じだけ重くなります。他社に乗り換えるときに学習したものが引き継げるのかと尋ねると、猿山教授の答えは「無理ですね。それはないですよね」でした。

8割書いてから渡す、AIとの距離の取り方
では、猿山教授自身は生成AIをどう使っているのでしょうか。文章を書くときの手順は、はっきり決まっていました。
自分で書ききらないところまで運んでから渡すので、返ってきた200字が良いのか悪いのか、自分で判断できます。対照的なのが学生です。大学ではレポートや課題に生成AIを使う学生が増えていますが、リテラシーはまだ追いついていない、と猿山教授は言います。猿山教授は「自分で書いた上で投げればいいんだけども、全然書かないで投げるから」と話します。せめて半分は書いてから投げてほしい、というのが本音のようです。
見分けはつくのでしょうか。判断はかえって難しくなっているようです。よくできていれば使っただろう、できていなければやはり使っているのだろう——猿山教授は、教員の側がだんだん分からなくなってきていると話します。
そのうえで、AIの限界を体で知る方法として猿山教授が挙げたのは、仕事以外で使うことでした。
仕事の場面だけで使っていると、出てきた答えの良し悪しを確かめる機会が意外と少なくなります。答え合わせができる場面で何度も外れを引くほうが、限界の感覚は早く身につきます。普段の使い方として、次の4つが挙げられます。
- ・自分の得意な領域で使い、答え合わせができる状態で試す
- ・仕事以外の場面(料理、旅行の段取りなど)で、1度任せきってみる
- ・8割まで自分で書いてから、残りを補わせる
- ・出てきた文章を、必ず1度自分の言葉で言い直してみる
「専門だけでは負ける」——AI時代に人が残る条件
精度が上がるほど、うちに監査の担当者はいらないのではないか、という発想が出てきてもおかしくありません。この問いに、猿山教授はいったん認めるところから答えました。

実際、監査の現場ではその変化が起きています。猿山教授は「実際に今そこに配属される人の中に、営業系の人間が増えてますね」と話します。お客様の情報やマーケティングの情報を理解できない人では、監査もできません。会計そのものはシステムがある程度自動でやってくれるからこそ、数字の裏側にある活動が分かる人が必要になる——そういう考え方に変わってきているといいます。
逆に、AIが苦手そうな領域として猿山教授が挙げたのは、意外にも人事でした。「意外と生成AIが苦手なんじゃないかと思うのが人事なんですよ」。採用面接の評価は精度が高まっている一方で、雇ったあとの人事評価がどこまでできるのかは分からない、という見立てです。同じ部屋にいて気が合わない、上司の一言でやる気が落ちる——数字にしにくいものが、人の働き方を左右するからです。

猿山教授自身が1年ほど使って得た実感も、そこにつながります。
読み返すこと自体にも、別の効き目があるといいます。出力されたものをしっかり読めば、その分だけ理解が残り、専門の知識が増えます。増えた知識を土台にしてまたAIを使えば、もう1段先まで引っ張ってもらえます。チェックは、品質を守る作業であると同時に、次の仕事の元手を作る作業でもある、という見方です。
なお、AIが作った数字を社内の誰がチェックするのか、監査の立場から見た話は、別記事「内部監査専門の教授に聞く、AIが出した数字は誰が確かめるのか」にまとめています。
明日から手元でできることに落とすと、次のようになります。
- ・浮いた時間の使い道を、作業を始める前に決めておく
- ・見直しの回数を、AIを使う前より1回増やす
- ・担当外の部署や他社の動きを調べる時間を、月に1度は確保する
- ・出力をそのまま提出せず、必ず1度自分の言葉で言い直す

AIをめぐる話は、精度がどこまで上がるかに集まりがちです。ですが猿山教授の答えは、時間の使い道と、関心の広げ方という、もっと手前の話でした。作業時間が縮んだ分をそのまま空き時間にすれば、出てくるものの質は変わりません。見直しを1回増やします。担当外の仕事にも関心を持ちます。どちらも、AIの性能とは関係なく、使う側が今日から決められることです。専門の内側にこもらないでいられるかどうか。それが、猿山教授の答えでした。
取材日:2026年8月17日
取材写真:編集部
この記事を書いた人
編集プロダクション雨輝
2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/



