本文へスキップ
Fact Check Lab
フリーランス臨床工学技士が語る、点検されない医療機器とAIの限界

フリーランス臨床工学技士が語る、点検されない医療機器とAIの限界

公開日 更新日

〜手術支援ロボットは、実は自分では動けない〜

大きな病院で使われている医療機器には、たいてい点検の記録が残っています。では、ベッド数の少ない病院や診療所、介護施設、在宅のケアの場ではどうでしょうか。医療機器はそこにもあります。ですが、日頃の点検や動作チェックをする人がいないまま動いている例が少なくない、と小林靖雄氏は話します。壊れたらメーカーを呼ぶ、という運用です。

小林氏は総合病院で医療機器を扱ってきたフリーランス臨床工学技士で、去年還暦を迎え、今年6月に自分の会社を立ち上げました。生成AIが機器の情報を数秒で並べてくれる時代に、なぜ人が現場まで出ていく必要があるのか。この記事では、AIに任せられるようになった仕事と、機械の前に立つ人にしかできない仕事の境目を伺います。医療の外から読んでも、専門職とAIの役割分担を考える材料になるはずです。

小林靖雄

小林靖雄

フリーランス臨床工学技士/医療機器管理のスペシャリスト。臨床工学技士として医療機関に勤務し、人工呼吸器や血液浄化装置をはじめとする生命維持管理装置を運用・管理。医療現場で培った知識と実務経験をもとに、医療・介護・在宅医療分野を中心とした情報発信や監修業務を行っている。専門的な内容を正確かつ分かりやすく伝えることを心掛けており、読者目線を意識したコンテンツ制作を得意とする。医療従事者ならではの視点で、読者や利用者に価値ある情報を届けることを大切にしている。

大きな病院の外で動く、誰も点検していない医療機器

小林氏が長く勤めた総合病院には、同じ資格を持つ仲間が何十人といます。ですが、それは医療の現場全体から見れば例外に近い、と小林氏は言います。

臨床工学技士とは
医療機器の操作と保守点検を担う国家資格です。人工呼吸器、血液透析の装置、心臓手術で使う装置など、生命を維持する機器を、医師の指示のもとで動かし、点検します。血液や細胞を調べる臨床検査技師とは別の資格で、小林氏は両方の資格を持っています。
中小の病院ですね。ベッド数が百もないとか、あとは診療所とか、介護施設とか在宅のケアセンターとか福祉の施設とか。そこにも患者さんがおられて、医療機器が存在するのに、誰もメンテナンスとか日頃の点検とか動作チェックとかをせずに、何か壊れたらメーカーさんを呼ぶという形でやっているのが現状です。

そうした場所にも、医師はいます。看護師もいます。ただ、職種が違えば見えるものも違う、というのが小林氏の指摘です。

総合病院でもそうですけど、ドクターとか看護師さんは医療機器の専門家ではないので、本当にその機械が上手に使えているのか、安全に使えているのかというところが見えにくいところがあるんです。

この状態を、小林氏は自動車にたとえます。

わかりやすく言いますと、自動車を何の車検も受けずに何十年も運転しているという形なんです。医療機器って車検制度とかはなくて、メーカーさんが点検するというのはあるんですけど、日頃のメンテナンスを全くしていない自動車を常に運転している、という感じでありますので、そこは危ないなと思っています。

その「危ないな」が、起業の動機になりました。小林氏は60歳で定年を迎えたあと、今年6月に会社を設立し、フリーランスの臨床工学技士として、技士のいない施設に外から入っていく仕事を始めています。営業はこれからで、実績はまだ多くない、とご本人は率直に話していました。

10km離れた重症心身障害児施設に勤務し、最高齢は76歳だといいます。

数百万円の見積もりと、AIに作らせた業務アプリ

話題を病院の内側に戻します。医療機器の管理には、点検のほかに記録と集計という事務作業がついて回ります。本来は電子カルテのようなシステムに載せるのが筋ですが、そこに壁があります。

電子カルテの中に自分たちのそういう業務のことを入れてくださいと言うと、本当に何百万円と請求されるんです。今どこの病院も経営が苦しいのが当たり前なので、そこに何百万円払ったとしても、そのシステムを構築したからといって、患者さんからその分を徴収することは絶対にできないので、収益につながらないところの事業にお金をかけるのは、今かなり厳しいんです。

金額の問題だけではありません。改修のタイミングが、現場の速度と合わないという問題があります。

項目を1つ2つ増やしてほしいということですらお金がかかってきます。無料ではできませんとなると、その都度フレキシブルに自分たちの使いやすいように変更していくのは、なかなか難しいんです。電子カルテを完全に大きく乗り換えますというのは10年に1回ぐらいありますので、そのタイミングであれば意見は通りやすいんですけど。

新しい機器が入るたびに、記録する項目は増えます。10年に1度の改修までは待てません。かといって手入力を続ければ、残業が増えるだけです。その隙間に入ってきたのが生成AIでした。

今まで手作業で入力していたところをAIに投げかけると、アプリケーションを作ってくれます。同じ操作を2回3回入力しないといけないというところが集約できて、自動でデータを加工して見栄えよくグラフにしてくれたり、集計して報告書みたいな形をパッと作ってくれたりします。自分たちでデータベースをやろうと思うとできなくはないんですけど、結構時間がかかりますので、忙しい毎日の中で毎日1時間かけられるかというと、かけられないんです。

医療機器を扱う技士は、機械には強くても業務システムを書く職種ではありません。それでも作れます。

システムエンジニアではないので、コードを変えたいということはできる人がほとんどいないんですけど、AIに投げると、そのAIが作ってくれます。構造を知らなくても言葉で投げかけると作ってくれる、そういう世界がありますので、そこはとても役に立っているなと思います。

ただし、これは業者に発注するシステムの代わりになった、という話ではありません。小林氏は、できあがるものの水準について留保をつけています。

メーカーさんに出しているようなクオリティの高いレベルではないんですけど、少しずついろんなシステムを構築していって、それをつなげていくと、かなり便利になったなという感じはしますね。ここ1年ぐらいで、すごくそれは感じます。

小林氏の話から見えてくるのは、AIがまず力を発揮するのは高度な仕事ではなく、こうした「予算が付かないまま放置されていた仕事」だということです。

  • ・同じ数字を何度も入力し直している作業
  • ・手作業で集計してグラフに起こしている報告書
  • ・システム改修の見積もりを取ったが、金額で見送った小さな要望
  • ・毎日1時間かければできるが、その1時間が取れない作業

3億円台の手術支援ロボットが、自分では動けない理由

では、AIをどこまで機械の側に入れてよいのか。小林氏はここで、手術支援ロボット(医師が操作卓に座り、患者の体内に入れたアームを遠隔で動かして手術する装置)を例に出しました。

ロボット手術のダヴィンチという機械は、定価で1台3億6000万円もするんですけど、ロボットなのに自分で動けないんですよね。誰かが手で押さないと、倉庫から手術室に持っていくことすらできません。勝手に機械が判断して、もうちょっと10cm前に出してとか、回転させてということができないようになっているんですよね。

技術的にできないわけではない、と小林氏は続けます。掃除ロボットは数万円で自走します。同じ仕組みを積むことはできるはずです。

それをやろうと思えば、言葉で伝えたら、それこそルンバみたいな感じで、勝手に自分が動いてゴミがあるところに掃除しに行ってくれます。ルンバのようなものは数万円の機械でも動けますので、そのプログラムを持っていけば、いろんなことを自分で実装するというのは技術的にはできると思うんですけど、あえてそれを入れていないという部分はありますね。

「あえて入れていない」。ここが、医療機器がほかの機械と違うところです。小林氏は、機械が自律的に動けるようになった場合に何が起こりうるかを、自身の見立てとして具体的に語りました。以下は起きた事故の報告ではなく、リスクの想定として聞いた話です。

遠隔で何かを操作できるようにするということも、技術的には可能だと思うんですけど、それをすると本当に人の命を操作できてしまいます。病院の中で遠隔操作をして、人工呼吸器を、ちゃんと動いているはずなのに止めてやろうということができたりとか。血圧が本当は100なのに、血圧が200あるというモニターの表示にするといったことは、やろうと思えばできるんだと思うんです。そうすると血圧が高いから下げる薬を処方しないと、となったときに、それを処方してしまうと、血圧が100のところが50まで下がってしまいます。

機械が壊れるのではなく、表示が正しくなくなることで人の判断が誤ります。医療機器の怖さは、機械の先に処方や処置という人の行動がつながっている点にあります。それを止めているのが、上限を決めておく仕組みだと小林氏は説明します。

普通だったら100回しか動かないというところが、200回、300回動くとかということにはならないようなリミッターがついてあるので、その辺は大丈夫になってるはずなんですけどね。

「はずなんですけど」という語尾は、そのまま残しました。すべての機器を確かめた話ではない、という留保が込められているからです。AIをどこまで入れるかは性能の問いではなく、上限をどこに置くかという設計の問いなのでしょう。

情報を出さない現場と、間違え続けるAI

最後に、AIの側の話です。小林氏がAIの回答に不安を感じる理由の1つは、そもそも自分たちの領域の情報がAIに届いていないのではないか、という見立てにあります。

医療機器の情報、特に私たちが関わっているところの情報が、まだAIには入力されているのが少ないイメージがありますね。その情報を皆さんが触っていないので、まだ入っていないのがあるから、間違った回答が来るというのはよく感じます。

だとすれば、対策はAIの使い方を厳しくすることだけではありません。情報を出す側が動く、という道があります。小林氏はそちらを選んでいます。

学会サイドからのアプローチもしっかり、情報を常にオープンにして、AIがちゃんとそれを拾ってくれるような仕組みを作っていければ、どんどん精度が上がってくるのではないかなと思います。論文も、AIが身につけるような英語の論文であったりとか、そういうところをしっかり書いて、そこにガイドラインで、この機械はこう注意しなさいというところを発信するような活動をしていけば、AIのほうがちゃんとそこをチェックしてくれて、正しい回答を出してくれるのではないかなと思っているんですけど。

この「情報を出して機械を良くする」という発想は、AIに始まったものではありません。医療機器そのものの開発でも、同じことが長く行われてきたといいます。医工連携(医療の現場と工学系の企業が組んで機器を開発すること)と呼ばれる関係です。

メーカーさんにも臨床工学技士のライセンスを持った人がたくさんおられて、学校を出てメーカーの開発や営業に入っている方もたくさんおられます。各種メーカーさんが私たちの学会に学会員として入っているんです。私たちはこういう機械が欲しい、こういうものがあったらいいな、というのを常に思っていますので、そこを一緒になる役割をずっとやっているんです。

現場が欲しいものを言い、メーカーが作る。だから取扱説明書が現場とかけ離れたものになる例は、以前より減っていると小林氏は見ています。ただし、この回路がどこでも同じ強さで働くわけではありません。

日本の国産メーカーばかりではありませんので、海外のメーカーに関しては日本人の意見がなかなか通りにくいという部分はあるんですけど、日本にも代理店や販売店がありますので、そこは日本の意見もしっかり伝えてやっていきます。

AIが自分の分野について的外れな答えを返すとき、対処は2通りあります。使い方で防ぐか、情報を出して直すか。前者はすぐできて、後者は年単位でしか効きません。それでも小林氏が後者を語ったのは、この職種の知名度を上げたい動機と地続きだからでしょう。

AIが返してきた機器情報のどこで手を止めるべきかは、「医療機器管理のスペシャリストに聞く、AIの答えを疑う3つの場面」で詳しく聞いています。

去年まで奈良県臨床工学技士会で副理事長、現在は政治連盟の全国理事です。

点検の記録も、その1台の癖も、現場の人の頭の中にしかない情報は、まだAIの中には入っていません。だからこそ、AIは予算が付かなかった事務仕事を引き受ける一方で、手術支援ロボットには自走の機能さえ与えられていません。その線引きは、慎重に見えて、機械の先に人の判断があるという1点から引かれています。小林氏がフリーランスとして向かおうとしているのは、その線の外側で、まだ誰も見ていない機械が動いている場所です。

取材日:2026年8月19日

編集プロダクション雨輝

この記事を書いた人

編集プロダクション雨輝

2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/

ファクトチェック

AIやライターが見逃す誤りを、根拠から正す

精鋭のベテラン

校閲者の平均経験年数 15年以上

全ジャンル対応

分野に特化した校閲者が在籍

ファクトチェックサービスを見る

関連記事