
「学会発表なら正しい」は大間違い。心臓血管外科医が語る健康情報の読み方
〜鍵は、研究の有無ではなく結論への飛躍を見抜くこと〜
「この成分に、こういう働きがあることが研究で分かっています」。健康食品や美容の広告で、よく見る書き方です。研究そのものは実在していることが多く、書かれていることも嘘ではありません。ですが、その成分が口から入って、体に吸収され、目的の細胞まで届いたのかどうかは、たいてい書かれていません。心臓血管外科医として長く臨床に立ち、抗加齢専門医でもある野村文一氏は、そこを「三段論法の中抜け」と呼びます。
世に出ている健康・医療の情報を、どこまで信頼してよいのか。野村氏に伺ったのは、論文と診療ガイドラインをどう重みづけているか、成分と効果のあいだにどれだけ距離があるか、そして情報を出す側が公開前に何を確かめるべきか、の3つです。取材の途中では、記者自身が持っていた基準が「大間違いです」と正される場面もありました。
野村 文一(のむら ふみかず)
心臓血管外科/循環器内科/抗加齢専門医心臓血管外科医。ハーバード大学研究員、メルボルン王立小児病院、ニュージーランド・グリーンレーン病院での研修・診療経験を有し、大阪大学第一外科助手、東京ハートセンター副院長兼心臓血管外科部長などを歴任。現在は私立病院院長を務める。豊富な臨床経験と専門的知見を基に、医療・健康領域における医学的正確性、表現の妥当性、読者に伝わる情報設計を重視した監修を行う。
「学会で発表する論文はOKじゃないです」——記者の基準が崩れた瞬間
医療や健康の記事を作るとき、編集部は根拠として何を置くか。取材の途中、記者が自分たちの基準を口にしました。一次情報として、学会が発表している論文であれば基本的に問題ないと考えている、と。返ってきたのは、言い直しのない否定でした。
理由は、論文という言葉が一枚岩ではないところにあります。

| インパクトファクターとは |
|---|
| その論文が載った学術誌が、どれくらい引用されているかを数値にした指標です。雑誌の影響力を測るもので、個々の論文の正しさを保証するものではありませんが、掲載誌の重みを見るときの目安として使われます。 |
この違いが効いてくるのは、結果が食い違ったときです。ある成分について、効果があったという報告と、なかったという報告が両方あります。よくある状況です。
ここまでは、判断の物差しがある話です。問題は、その物差しを一般の読者が持っていないところにあります。野村氏は、そこをはっきり言いました。
この非対称は、業界の側では知られているといいます。
つまり、掲載誌の重みという情報は、探せば手に入るのに、記事の側で示されないまま流通しています。書く側が最初にやるべきなのは、ここを埋める作業です。
- ・「研究で〜」と書くときは、掲載誌名まで確認する(学会発表なのか、査読を通った論文なのかを区別する)
- ・反対の結果を報告した研究がないかを探し、あれば両方の掲載誌の重みを比べる
- ・比べられないなら、断定せず「〜という報告がある」の形に留める

臨床が見ているのは、ガイドラインまで
では、医師自身は情報の新しさをどう確かめているのか。毎日論文を追いかけているのだろう、という想像は、あっさり否定されました。
診療ガイドラインは、その領域の研究を専門家が集まって整理し、推奨としてまとめたものです。臨床の現場が拠りどころにしているのはここまでで、その先の論文1本ずつの重みづけまでは、日常的には踏み込めない——というのが、現場からの答えでした。
そのガイドラインにも、性格があります。
断定を避けているものを引いてきて、記事の側で断定に直してしまえば、根拠として示した資料と、書いた文章の強さが食い違います。ここは、書く側がいちばん踏み外しやすい場所です。
医師どうしでも見解が分かれることはあるのか、と尋ねると、あるという答えでした。ただし、その分かれ方には理由があります。
同じことを問われても、前提にしている条件が違えば答えは変わります。話題になった例として、新型コロナウイルスのワクチンをめぐる対立が挙がりました。
どちらの立場も「あり得る話」だと認めたうえで、比べ方を決めているのがこの発言です。個々の主張の正しさを争うのではなく、条件をそろえて数字で並べたときにどちらが有利か、という置き換えをしています。
そして、この判断はAIにも肩代わりできない、と続きました。
過去に似たものがあれば強く、過去にないものには弱くなります。書く側の実務に落とすと、次の3点になります。
- ・「最新」と書くときは、参照したガイドラインの版と改訂年を明記する
- ・ガイドラインが断定を避けている箇所を、記事側で断定に直さない
- ・専門家のあいだで見解が分かれる論点は、分かれていること自体を書く
成分が届くまでの、三段論法の中抜け

この記事でいちばん具体的な話が出たのが、健康食品や美容の情報でした。研究結果は実在するのに、一般向けの記事になる過程で結論が飛びます。そのケースはあるかと尋ねると、「いっぱいあります」と即答されました。まず、読者の頭の中で起きていることの説明から始まります。
書かれている1つひとつは、たしかにその通りです。飛んでいるのは、そのあいだにある工程のほうでした。
| ブラッド・ブレイン・バリア(血液脳関門)とは |
|---|
| 血液と脳のあいだにある関所のような仕組みで、脳に入る物質を選別しています。血液に入った成分が、そのまま脳に届くわけではありません。 |
成分に働きがあることと、その成分を含む食品を口にすることは、同じではありません。あいだには、吸収されるか、体内を運ばれるか、目的の場所まで届くかという工程があり、そこで落ちるものがあります。記事に書かれるのは最初と最後だけで、途中が省かれている——という指摘です。身近な例も挙がりました。
では、それは書き手が知らずにやっていることなのか。ここで、この取材でもっとも強い言い方が出ました。
ただし、効果がないと言い切っているわけでもありません。むしろ、そこも正確に線が引かれていました。
問題は、あるかないかではなく、どれくらいかを書いていないことです。読者は空欄を大きいほうに埋めます。実務に落とすと、確認するのは次の3点です。
- ・成分の働きを示すデータと、その商品で効果が出るという結論のあいだに、吸収と到達の説明が書かれているか
- ・「効果がある」と「どれくらい効果があるか」を分けて書けているか
- ・効果がゼロだと言い切るのも、期待どおりに出ると言い切るのも避けられているか

根拠、両論、断定しない——記事を出す前の3点
最後に、医療や健康の情報を作る側が公開前に確認すべき点を、3つ挙げてもらいました。並べ替えも言い換えもない、短い答えでした。
この3点は、それぞれこの記事で見てきた話に対応しています。根拠は、掲載誌の重みまで見る話。両論は、条件が違えばどちらも間違いではないという話。断定しないは、ガイドラインが断定を避けている以上、記事もその強さを超えられないという話です。
公開前に手を動かす順序としては、次のようになります。
- ・根拠:どの資料に基づいて書いたのか、掲載誌名・ガイドラインの版まで手元に残す
- ・両論:良いことと悪いことの両方が本文に載っているか、載っていなければ足す
- ・断定:言い切っている文を洗い出し、根拠の強さを超えていないか1件ずつ確かめる

3点とも、書く前ではなく、書き上げたあとに効く作業です。手を止める場所を決めておくという点では、診察の話とも通じています。
野村氏の話に一貫していたのは、正しいか間違っているかではなく、どこまで確かめられているかを見る、という姿勢でした。研究があることと、その商品で効果が出ることは違います。論文があることと、その論文が信頼に足ることも違います。そして、その差を確かめる手間を読む側に求めるのは、現実的ではありません。だから、書く側が引き受けるしかありません。根拠、両論、断定しない。挙げられた3点は、どれも派手さのない作業ですが、ここを飛ばすと、嘘は書いていないのに伝わったことは違う、という記事ができあがります。
なお、AIの回答が肯定の方向に偏りやすいという指摘や、診察室でしか受け取れない情報については、別記事「循環器内科医に聞く、AIは「痛みの緊急性」をなぜ判断できないのか」で野村氏に伺っています。
取材日:2026年8月27日
この記事を書いた人
編集プロダクション雨輝
2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/



