
循環器内科医に聞く、AIは「痛みの緊急性」をなぜ判断できないのか
〜緊急性は、顔色や汗、押したときの反応でしか伝わらないから〜
「胸が痛いのですが、何が考えられますか」。生成AIにそう尋ねれば、考えられる病名がいくつも並んだ、整った回答が返ってきます。ですがその回答は、質問した人がいまどんな顔色をしているのか、汗をかいているのか、息が上がっているのかを、1つも知らないまま書かれています。心臓血管外科一本で長く手術を手がけ、現在は循環器内科医として、回復期リハビリテーションと訪問診療を主とする病院の院長を務める野村文一氏は、AIに欠けているのは知識ではなく緊急性の判断だと話します。
AIに症状を相談したとき、何が分かって、何が落ちるのか。この記事で伺うのは、医師が診察室で患者さんから受け取っている情報のうち、文字にした瞬間に消えてしまうものは何か、という1点です。そのうえで、それでもAIを使うなら、どう使えば患者さんの側に得があるのかまで聞きました。
野村 文一(のむら ふみかず)
心臓血管外科/循環器内科/抗加齢専門医心臓血管外科医。ハーバード大学研究員、メルボルン王立小児病院、ニュージーランド・グリーンレーン病院での研修・診療経験を有し、大阪大学第一外科助手、東京ハートセンター副院長兼心臓血管外科部長などを歴任。現在は私立病院院長を務める。豊富な臨床経験と専門的知見を基に、医療・健康領域における医学的正確性、表現の妥当性、読者に伝わる情報設計を重視した監修を行う。
肯定方向にだけ向かう、AIの答え

患者さんがインターネットで病名を調べてから受診する光景は、以前からありました。そこに生成AIが加わって、変わったことがあります。野村氏がまず挙げたのは、リスクではなく、診察室の側の実利でした。
症状から考えられる病名、そこで出てくる少し特殊な言葉遣い。そのあたりを受診前に理解してきてもらえると、診察室での話は短くて済むといいます。「ゼロからじゃなくて、5から10から始まるので、ありがたいことも多い」という言い方をされていました。
ただし、と続きます。AIの回答には、一方向に偏る癖があるという指摘です。
これは、患者さんが持ち込んでくる知識が間違っている、という話ではありません。良い面だけがそろった状態で診察室に来てしまう、という話です。医師の側は、その足りない半分を後から足すことになります。しかも、先に読んだほうの説明が頭に残りやすいものです。だから野村氏は、これを「課題」と呼びました。
受診前にAIを使うなら、次の3つを手元でやっておくと、診察室の時間が有効に使えます。
- ・「この治療のデメリットは」「反対の意見はありますか」と、必ず逆側を聞き直す
- ・出てきた病名は、確定した診断ではなく候補として扱う
- ・読んで分からなかった言葉をメモして持っていく(説明の時間が短くて済む)

顔色、汗、息づかいが伝える、AIには分からない緊急性

胸の痛みのように、緊急性が高いものが混じる症状の相談を、AIだけで完結させるとどうなるのか。野村氏の答えは、病名が当たるかどうかではなく、時間の問題でした。
ここで挙がっているのは、検査値でも画像でもありません。顔つき、汗、呼吸のしかた、触れたときの反応。どれも、患者さん自身が文字にして入力するのが難しいものばかりです。緊急性の判断が、いちばん文字になりにくい情報の上に載っている——というのが、この話の骨格です。
一方で、野村氏はAIを遠ざけているわけではありません。むしろ、医師の側を助ける道具として期待している面をはっきり述べています。
見落としを拾う2人目の目としては有効ですが、最初に判断する1人目としては足りません。野村氏の言い方を並べると、そういう線の引き方になります。
人によって違う、痛みの「8」

AIは、症状・年齢・既往歴といった文字情報をもとに回答します。では、文字にした時点で落ちるものは具体的に何なのか。循環器を例に伺うと、返ってきたのは腹痛と背部痛の話でした。
痛みの強さを0から10で答えてもらう聞き方は、診療の場でも使われます。ですが、その数字が何を指すかは人によって違い、ずれたまま入力されれば、AIの側にずれた前提が渡ります。つまり、ここで起きているのはAIの精度の問題ではなく、入力の問題です。
画面越しの診療についても、同じところに線がありました。
そのうえで、受診前にAIで症状を整理するなら、次の点まで書き出しておくと、診察室で確かめ直す手間が減ります。
- ・いつから、どこが、どんなふうに痛むのか(ズキズキする、締めつけられる、など言葉で)
- ・押したとき、動いたとき、息を吸ったときに痛みが変わるか
- ・数字で答えるなら、その数字が自分にとって何を指すのかも一緒に書く

年齢、病気への意識、家庭環境、ほかの病気——AIが決められない4つの条件
診療ガイドラインは万人に向けて作られています。AIの回答も、平均的な人に向けたものになりがちです。ですが実際の診療では、同じ病名でも方針が変わります。何を加味しているのかを尋ねると、4つが挙がりました。
3つ目の家庭環境とは、病状を支える人がいるかどうかです。これがあるかないかで、提案できることが変わるといいます。
そして、その場面でAIに聞き直しても、代わりに食事を作ってくれるわけではありません。ここは、医学的に正しい指示が、生活の側で実行できないという話です。AIが返せるのは、正しい指示のほうだけになります。
もう1つ、AIとの違いが出るのが、結論を出す速さでした。野村氏がもともと立っていた領域では、判断は速いほうが良いものでした。
ところが、いま院長として向き合っている一般的な内科の患者さんでは、正反対になります。
救急で運ばれて生きるか死ぬかという場面は別だ、とも付け加えられました。分かれ目は、症状の重さではなく、その人が今後どちらへ動くかがまだ見えていないかどうかです。そして、見えていない理由は、患者さんが黙っていることにもあります。
AIに相談する場面に置き換えると、この構造はもっと極端になります。AIは検査ができないため、本人が申告した内容だけが材料です。黙っている部分は、最後まで黙ったままになります。
| 「判断できない」は、判断の一種です |
|---|
| AIは質問されれば何かを答えようとします。一方、診療では「今は決められない、検査をしてから」と保留すること自体が判断です。答えが返ってこないことと、判断が進んでいないことは別だ——というのが、この話から読み取れる区別です。 |
受診前にAIを使う人に向けて、この節を実務に落とすと次のようになります。
- ・年齢・持病・飲んでいる薬・同居している人がいるかまで書かないと、返ってくるのは平均的な答えになる
- ・それでも、家で誰が食事を作るのか、通院に付き添えるのかまでは反映されない
- ・「今は判断できない、検査をしてから」と言われるのは、答えを渋られているのではない
野村氏の話から見えてきたのは、AIが不正確だから危ない、という話ではありませんでした。AIが受け取れるのは、患者さん自身が言葉にできた分だけです。診察室では、その外側——顔色、汗、押したときの反応、家に誰がいるか——を医師が拾っています。だからAIは、受診をやめるための道具ではなく、受診を短くするための道具として使うのが得です。分からない言葉を減らし、聞きたいことを整理して持っていきます。そのぶん、診察室では言葉にならない部分に時間を使えます。
健康情報そのものをどう見分けるかは、別記事「「学会発表なら正しい」は大間違い。心臓血管外科医が語る健康情報の読み方」で野村氏に聞いています。学会発表と論文の扱いの差、「この成分で若返る」という説明のどこに飛躍があるのかを扱っています。
取材日:2026年8月27日
取材写真:Zoom取材時のスクリーンショット(編集部)/診察室の写真は本人提供
この記事を書いた人
編集プロダクション雨輝
2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/



