
製品開発エンジニアが語る、開発室で動く回路が家庭で壊れる理由
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〜答えは、開発室では再現できないノイズにある〜
手に収まる大きさの筐体に、液晶がひとつ。表示されるのは緯度と経度の数字だけ。価格は15万円。日本で初期の民生向けGPS受信機は、そういう製品でした。
その設計を担当したのが、森田智比呂氏です。大手電機メーカーで約20年間、製品開発エンジニアとして、プリント基板設計から電子設計、生産技術、シミュレーションまでを手がけてきました。現在はキャリアコンサルティング技能士として、エンジニアのキャリア支援にあたっています。
技術としては動きます。それでも製品にはなりません。そのあいだに何があるのかを伺いました。
森田智比呂
2級キャリア・コンサルティング技能士/カラリスト。大手電機メーカーにて約20年間、製品開発エンジニアとして設計・開発・事業化に従事。その後、キャリアコンサルタントとして独立し、大学、職業訓練機関、人材紹介企業等にて、幅広い層を対象にキャリア相談やセミナー講師を担当。これまで4,000名以上の相談実績を持つ。色彩分野では、色彩理論、カラーコーディネート、パーソナルカラー診断にも対応。近年はWebメディアにてキャリア・転職分野を中心に記事監修・執筆も行う。技術職とキャリア支援の両分野で培った経験を活かし、制度や理論だけでなく、現場感覚を踏まえた監修を強みとしている。
「15万円で、緯度と経度が出るだけ」——売れないと分かっていた製品
森田氏が大手電機メーカーに入社して最初に担当したのは、アメリカ向けの民生用ファクスでした。国内の業務用ファクスはグループ内の別会社が手がけており、家庭向けを安く出せる会社として、九州にあった事業会社に話が回ってきます。
のちに国内で普及する家庭用ファクスの初代モデルは、そのアメリカ向け機を土台に立ち上がりました。ただし森田氏自身は、初代モデルの開発が始まる時期にGPS受信機の担当へ移っています。
GPSは、いまの姿からは想像しにくい技術でした。衛星はすでに上がっていましたが、民間で使える精度は意図的に落とされていたといいます。
出来上がった製品は、手に収まる筐体に、緯度と経度が数字で出るだけ。価格は15万円でした。
結果は、森田氏自身の言葉を借りれば「ほとんど売れませんでした」。想定していた使われ方は、次のようなものだったといいます。
- ・船舶(大海原で自分の位置を知る)
- ・山の中(携帯電話がほとんど普及していない時代の位置確認)
- ・学校教育(緯度と経度を小学生に感覚として教える教材)
- ・広い会場での位置把握(倒れた人がどこにいるかを本部へ伝える)
どれも小さな市場でした。設計者が現場を知るというのは、この「誰が買うか」を自分の中で切り替えられることだ、と森田氏は言います。
自分が買わないものを、買う人がいると信じて設計します。次の3つは、仕様を固める前に確認しておきたいところです。
- ・自分がその値段で買うか。買わないなら、買わない理由はどこにあるか
- ・誰なら買うか。職業、現場、使う場面まで具体的に置く
- ・その人にとって、価格が納得できる理由は何か

開発室で動いた回路が、家庭では壊れます——ノイズ対策という最後の壁

技術として動くところまでは、開発室で確かめられます。難しいのは、誰がどんな環境で使うか分からない製品にすることでした。森田氏が挙げたのは、いずれも「外から入るもの」と「外へ出るもの」です。
ひとつ目が静電気です。乾燥した日に金属へ触れてパチッとくる、あれです。
ふたつ目が雷サージ。落雷にともなって電圧が跳ね上がる現象です。3つ目が瞬停でした。
| 瞬停とは |
|---|
| 電源が一瞬だけ切れることです。商用電源は交流なので波の形をしており、その半波長ぶんが欠けるといいます。森田氏は「60分の1秒」という長さを挙げたうえで、「デジタル機器から言ったら、ものすごく長い期間に止まる」と話しました。 |
4つ目が不要輻射です。入ってくるノイズだけでなく、出ていくノイズも抑えなければなりません。
| 不要輻射とは |
|---|
| 電子機器が意図せず外へ出してしまう電波のことです。機器から出してよい電波の範囲は決められており、それを超える電波を漏らすことは認められません。 |
対策そのものは、意外なほど地味です。信号の途中にノイズを吸収する部品を入れ、サージを吸収する部品を置き、電波が出そうなところを覆ってしまいます。
森田氏が繰り返したのは、「開発レベルではできる」という言い方でした。
やっかいなのは、ノイズ対策を設計の最後に足せないことです。吸収部品を置く場所も、覆いをかける余地も、基板の大きさが決まった時点でほぼ決まります。そして、その大きさを決めるのは基板の担当者ではありませんでした。
機構設計の担当者が先に寸法を決め、そこから逆算して基板の面積が決まります。大きな回路をASIC(複数の回路を1つのチップにまとめた専用IC)へ集約しても、小さくできる限界はあります。
ノイズ対策の余地を残したまま量産へ進むために、設計の初期でやっておくことがあります。
- ・筐体寸法が決まる打ち合わせに、基板側も出る
- ・ノイズ対策部品を入れる余地を、あらかじめ基板の面積に見込む
- ・覆いをかけたい箇所を、部品配置の段階で決めておく
プリント基板設計の基準、「美しさ」

森田氏がプリント基板の道に進んだ理由は、技術的な関心よりも先に、言葉でした。
言葉に惹かれて選んだ仕事で、森田氏は「美しさ」を設計の基準に据えます。ただし、見た目の話ではありませんでした。
ICとICのあいだを8本、16本とまとめて結ぶ配線では、その差がそのまま動作の安定に効いてきます。森田氏はそれを、自分の専門の外にも当てはめて話しました。
信号がどう届いているかを確かめる作業は、シミュレーターが担っていました。森田氏が担当していたのは、シグナルインテグリティと呼ばれる領域です。
| シグナルインテグリティとは |
|---|
| 信号の完全性、という意味です。基板の上を通る信号が、設計どおりの形で相手のICまで届いているかを見ます。デジタル信号は0か1かで語られますが、0から1へ変わる瞬間には行き過ぎ(オーバーシュート)が起きます。森田氏によれば、その行き過ぎがICの入力仕様を超えると、ICが壊れることがあります。 |
部品データと基板データをシミュレーターに入れ、たとえば0Vと3.3Vで動く信号が入ったときに何が起きるかを見ます。暴れる箇所は、線を引き直したり途中に回路を足したりして収めます。
経験で身についたのは、それでも動かないときの切り分けだといいます。
気になったときに確かめる順番があります。
- ・同じまとまりの配線で、長さがそろっていない線はどれか
- ・遠回りしている線に、遠回りするだけの理由があるか
- ・動かない現象が電源やタイミングに左右されるか(左右されるならノイズ側を疑う)

データシートは神様ではありません——試作と量産のあいだ

設計の根拠になるのは、部品メーカーが出すデータシートです。ところが森田氏は、それを「神様みたいなものと本当は思わないといけないんですけど」と前置きしたうえで、こう続けました。
仕様書がそのまま正解ではありません。森田氏は「疑ってかかるっていうか、そういうような目も必要かな」と話します。疑う対象は、書いてある値だけではありません。書いていないことも同じです。
例に挙がったのは、アメリカ向け製品の温度でした。暑い地域と寒い地域の両方を、同じ製品で同時に満たさなければなりません。ところが部品の仕様書に書かれた保証範囲は、それより狭いことがあります。
| 「保証していない」と「使えない」は違います |
|---|
| 森田氏の説明では、部品が保証していない範囲でも使えないとは限りません。「その範囲では試験していない」という意味であることが多いためです。ただし、その範囲で動くことを確かめる責任は、部品メーカーから製品をつくる側へ移ります。 |
森田氏は「マイナス40度は、だいたい動けばいいよね」と言い、苦労したのは高温側で熱暴走をどう抑えるかだったと振り返りました。同じ姿勢は、シミュレーションと実機がずれたときの扱いにも表れます。
試作と量産のあいだにも段差があります。最初の試作は、机がいっぱいになるほど大きな基板から始まりました。ブレッドボードと呼ばれる、機能を確かめるためだけの基板です。次に、動作を追いかけるための仕掛けを載せたデバッグボードを作ります。その仕掛けを全部取り払い、重要なところだけを残したものが量産品になります。
もうひとつ、技術の外側から入ってきた条件が寿命でした。
丈夫であればよい、という話ではありません。海外の工場で作り、船で運び、店頭で買われるまで待つ時間まで含めた製品寿命を、設計の段階で見込む必要がありました。
- ・データシートの保証範囲と、実際の使用条件のずれを一覧にする
- ・保証外の範囲は、部品ではなく製品として試験する計画を立てる
- ・検査の位置と方法を、回路設計の段階で生産技術と合意する
- ・出荷までの在庫期間を含めた製品寿命を見込む
なお、森田氏はこの20年の設計経験をたたんだあと、キャリアコンサルティングの分野へ移っています。技術者が自分の経験をどう言葉にするかについては、別記事「技術者のキャリア棚卸しを、キャリアコンサルティング技能士が語る」で伺っています。
開発室で動く回路と、家庭で壊れない製品のあいだには、静電気があり、雷があり、手に収まるという寸法があり、店頭で待つ時間がありました。森田氏の話に一貫していたのは、技術の外側にある条件を、どれだけ設計の中に引き込めるかという視点です。データシートも、シミュレーターも、そのための材料にすぎません。疑いながら使うこと。それが、売れる製品にするための最後の作業でした。
取材日:2026年8月17日
撮影:編集部
この記事を書いた人
編集プロダクション雨輝
2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/



