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理学博士が語る、AI時代に専門家へ相談する意味と頼り方

理学博士が語る、AI時代に専門家へ相談する意味と頼り方

専門家に「危ないですよね」と聞いた瞬間、返ってくる助言は変わる。原発事故後に友人の引っ越しを後押しした宮川氏の考え方

病院や薬局で受け取った説明の紙は読まずに捨て、気になることはAIに聞けば済む——。生成AIが専門的な質問にも答えるようになり、専門家に相談する意味が見えにくくなっています。医師や薬剤師、研究者の仕事は、AIに置き換わっていくのでしょうか。

伺ったのは、博士(理学)で薬剤師の宮川隆氏です。東京科学大学病院で放射線と放射性医薬品に携わる研究者であり、化学物質管理のコンサルティングや、一般向けのサイエンスカフェにも関わっています。AIが詳しくなっても、専門家のコンサルティングはなくならない、と宮川氏は言います。知っているだけの専門家と、考える専門家は何が違うのか。そして一般の人は、AIの答えを手に専門家をどう頼ればよいのか。宮川氏の考えを伺いました。

宮川 隆

宮川 隆

薬剤師・博士(理学)、東京科学大学病院 基盤診療部門 放射線部 特任准教授名古屋市立大学薬学部卒業、同大学院薬学研究科医療機能薬学専攻修士課程修了。在学中に米・南カリフォルニア大学で国際臨床薬学研修を修了し、後に東京大学大学院理学系研究科にて理学博士号を取得。薬剤師、第一種放射線取扱主任者、調理師など30以上の資格を持ち、医療・美容・薬膳・漢方・化学物質・放射線など幅広い分野を横断して専門的知見を提供する。週刊誌での専門的コメント、薬膳監修、サイエンスコラム執筆、サイエンスカフェ講師、ドラマ監修など多方面で活動中。日本メンサ会員。参照:https://factcheckpro.jp/experts/

AI時代に「生き字引」の価値は薄れていく

物知りの専門家が難問に次々と答えていくクイズ番組は、長く親しまれてきました。宮川氏は、ああした知識の競い合いの価値が、これから失われていくと見ています。

昔で言うウォーキングディクショナリー、生き字引という方は、多分価値がなくなります。知っているだけなら、AIのほうが強いので。ただ、その知識をいつ、誰が、どのように使うのか。知識を運用するところは、AIとはちょっと違うんです。
宮川氏が研究の先に見ているのは、診断と治療を一体的に考える「セラノスティクス」です。すでに保険適用された放射性医薬品治療もあり、外来・短期滞在で実施しやすくするための環境整備や研究も進められています。

知識の運用を強調する背景には、宮川氏が身を置く医療の性質があります。薬や医療は、不確定な要素が多い分野です。同じ知識を持っていても、目の前の状況にどう当てはめるかで結果が変わります。その当てはめをAIだけに任せるのは難しく、専門家による確認が重要だというのが宮川氏の立場です。

では、運用する力はどう身につくのでしょうか。宮川氏は、学生にいつも「知っているだけじゃなくて、考えろ」と伝えているといいます。

これまでは、この血圧の薬はこれ、と覚えるだけだったんです。そうじゃなくて、じゃあAとBはどういうシチュエーションで使い分けるのか、考えてみて、と。放射線にもアルファ線、ベータ線、ガンマ線がありますけど、自分だったらどう使い分けるかを考えなさい、と言っています。

知識はもちろん必要です。ただ、すべてを1人で覚えることはできません。覚える部分はAIに任せ、AIが出してきた知識を材料に、個別の状況について考えること。宮川氏はそれがいちばん大事な能力だと話し、できれば学生のうちから鍛えてほしいと言います。

研究者の仕事も同じです。宮川氏の見るところ、いまは研究者も普通にAIを使っており、調べる手間はかなり省けるようになりました。ただ、調べた論文をコンサルティング先の事業所にどう当てはめるかを考えるのは人間です。宮川氏によれば、AIで情報を拾うところまでは一般の方と変わりません。違うのはその先で、AIの情報を材料に、ゼロから新しいものを生み出すことに使っているといいます。

一般の人にも似たことが起きる、と宮川氏は「極論」と断りつつ話します。大根の相場ならAIに聞けば分かります。けれども、どの店がいくらで売っているかは、産地も値付けも店ごとに違います。1円でも安い店を自分の足で探し回る力が、これから生きてくるといいます。その変化を、宮川氏は「昭和に回帰する」と表現しました。

AIの答えは、手を加えずに医師や薬剤師へ見せたほうが早い

では、一般の人がAIを医療や健康のことに使うなら、どう使えばよいのでしょうか。医師や薬剤師に聞きたいことをAIで整理する使い方について尋ねると、宮川氏の答えは拍子抜けするほど簡単でした。

一般の方なので、本当に何も難しく考える必要はなくて。自分が聞きたいことをAIに聞いて、出てきたものをそのまま持ってきてもらえば、専門家は見れば分かります。一般の方が自分の考え方を入れてしまうと、またこんがらがってしまうんです。

こんがらがる、とはどういうことか。宮川氏が例に挙げたのは放射線です。放射線の影響をめぐっては、科学的な判断とは別に、危ないか危なくないかという信条が入り込みやすいといいます。質問する側の思いが入ると、答える側もそれに引っ張られます。

記者が「これは危ないと思うんですけど、という聞き方もしないほうがよいのか」と重ねて尋ねると、宮川氏はこう答えました。

危ないですよね、と言われた瞬間に、我々は、あ、この人は危ないほうだと思っているんだなと考えるので、危ないほうの答えを言ってしまいますよね。危なくないと言ったって、なかなか考え自体が置き換わらないですから。逆に危なくないと考える方に危ないと伝える場合にもしかりですが。

答える側が相手に寄り添うぶん、聞き方ひとつで返ってくる助言が変わります。専門家に相談するときこそ、AIの答えは加工せずに見せるほうが話が早い、というわけです。

もう一つ、宮川氏が強調したのは、自分の情報を隠さないことです。放射線の検査では、次のようなことが起きることもあり得るといいます。

実際にはマイナンバー保険証の記録として残ったりするので、あり得ないとは思いますが、例えば、だいぶ最近、ある病院でCT検査をやったのに言わなくて、ほかの病院に行って、また受けてしまうこととかですね。きちんと患者さん側からも言わないと分からない。だからAI時代って、やっぱりコミュニケーションが最も大事なんですよ。

診断目的の放射線検査について、「一定期間を空ければ被ばくの影響が回復する」という一律の待機期間が定められているわけではありません。必要性と被ばく線量を踏まえて検査ごとに判断されます。短い期間に検査が重なりそうなときは、前回の検査内容を医師に伝え、重複検査を避けられないか、今回の検査が必要かを相談することが重要です。薬局でも、人に言いたくないという患者はいるものの、アレルギーはとくに伝えてもらわなければ困るそうです。

検査歴や服薬・サプリメント、アレルギーなどの情報は、相談の内容に応じて必要な範囲を整理して伝えるとよい、と宮川氏は言います。AIの答えを持って医師や薬剤師に相談するときは、次の4つを心がけます。

  • ・AIの答えは要約せず、そのまま見せる
  • ・「危ないですよね」など、自分の見立てを先に言わない
  • ・最近受けた検査や、服用中の薬とサプリメントを伝える
  • ・アレルギーは、言いにくくても必ず伝える

相談の前にできることもあります。病院や薬局で受け取った説明の文書は、捨てずに目を通すこと。気になることがあれば、厚生労働省のホームページにある一般向けの情報を見ること。宮川氏が挙げた、専門家に聞く前の最低限です。

相手によって助言を変えるのは、節操がないからではない

聞き手の思いに合わせて助言を変える——そう聞くと、専門家として一貫していないように思えるかもしれません。宮川氏は、それこそが専門家の仕事だと考えています。

原発事故のあと、横浜に住む友人から相談を受けたときのことです。友人は、横浜にも放射性物質が飛んできているらしいと聞いて心配でたまらず、眠れないほどだったといいます。引っ越したいと打ち明けられた宮川氏は、「じゃあ、引っ越したら」と答えました。

それはもう、危ないとか危なくないとかの科学の話じゃないんです。その人は危ないと思っていて、心配で眠れない。だったらどうぞ、という判断をするのも専門家ですよね。AIはそこまでできなくて、ただ危ないですよ、と言うだけなので。

反対に、同じ横浜に住んでいて放射線のことは何も気にならない、という人がいれば、「じゃあ住んでいてもいいよね」と答える、と宮川氏は言います(ただし、空間線量が実際に低いことは前提です)。一見、同じ場所について、正反対の助言をしているわけです。

こうした対応には、危ないものは危ない、危なくないものは危なくないと言うべきではないか、という声もよく寄せられるといいます。それでも宮川氏は、実際に空間線量がたいしたことがなくても、本人が心配で嫌だと言っているのなら、それでいいのではないかと考えています。

外から見れば、助言が相手によって違う専門家は信用しにくく映ります。宮川氏は、その見方をはっきり退けました。

節操がないと言われるかもしれないですけど、節操がないんじゃなくて、それが科学です。科学は極論を嫌うんですよ。AIは極論が好きなので、そこが大きな違いだと思います。

宮川氏の言う科学は、自然科学だけを指していません。社会科学や人文科学も含めて、全部がサイエンスだと言います。自然科学の専門家であっても、社会科学や人文科学の考え方も取り入れてアドバイスするのが真の専門家だと考えているといいます。放射線の数値にもとづく科学的なリスクの評価そのものは、相手によって変わりません。変わるのは、本人の価値観や不安、暮らしの事情を踏まえて、どう決めるかを支える部分です。宮川氏は仏教の「対機説法」という教えも引きながら、人に合わせて言うことを変えるのは悪いことではない、と話しました。

一般の方が見れば、怪しいことを言っているなと思うかもしれません。でも、イデオロギーがないわけじゃなくて、その人に合わせてやるのが専門家の仕事だと思っているんです。

AIに「安全か危険か」を尋ねれば、どちらかの答えが返ってきます。専門家に相談する意味は、その答えを自分の暮らしにどう当てはめるかまで、一緒に考えてもらえるところにあるのでしょう。

「専門家の顔をしたAI」が出てくる時代に、専門家が担うこと

宮川氏自身も、日頃からAIを使っています。ただし、答えを決めてもらうためではありません。自分が答えを出すための補助者、という位置づけです。たとえば放射線の管理について、AIはある程度の結論を出してくれます。けれども実際の管理の仕方は事業所ごとに違い、その現場に合うかどうかは現場を知る専門家にしか判断できないといいます。

化学物質の管理でコンサルティングを頼まれる場面でも、同じことが起きています。

化学物質のコンサルティングをお願いされることがあって、依頼してくるところは例外なくAIを使って資料を作っているんです。でもやっぱり、専門家が実際に見てくれないと心配だと言ってくる。だから、専門家のコンサルティングはなくならないと思います。
宮川氏は化学物質の管理について、国が管理の仕組みを見直したことを受けて講師も務めているといいます。研究者としては、放射線に加えてこの分野も専門にしています。

ただし、どの専門家も同じように残るわけではない、と宮川氏は付け加えます。薬剤師の世界も大きく変わる、というのが宮川氏の見立てです。薬の一般的な説明をするだけの薬剤師は淘汰され、目の前の人を見て判断できる薬剤師が残るといいます。医師や弁護士でも、単純な作業だけをしている人と、研鑽を積んで高度な仕事をしている人とで分かれていくと見ています。裏を返せば、専門家として残った人はAIより優れているとも言える、と宮川氏は言います。だからこそ、専門家に相談することの大切さは一般の人にも知られていくのではないか、と肌で感じているそうです。

では、AIが人間のように会話し、こちらの事情まで聞き出せるようになったらどうでしょうか。記者の問いに、宮川氏は、AIがいずれ専門家を脅かす存在になること自体は認めました。そのうえで、AIの仕組みの基となっている人間の脳そのものが、まだ解明しきれていない点を挙げ、AIが人間と完全に同じになるのは難しいと見ています。むしろ宮川氏が気にかけているのは、別の形の脅威です。

いい意味でも悪い意味でも、専門家を脅かすようになるかもしれません。専門家みたいな顔をして嘘を言っているAIが出てくる可能性はあります。それを止めるのが、これからの我々専門家の仕事ですね。

AIの答えがどこで間違えやすいのかは、別記事「薬剤師に聞く、AIの健康情報は「つなぎ目」のどこで間違えるのか」で、成分や薬、放射線の例とともに伺っています。

宮川氏の話は、AIに詳しい答えを出させることと、その答えを自分の暮らしに当てはめることを、はっきり分けていました。前者ではAIが有力な補助ツールになり得ますが、後者では個別事情を踏まえた専門家の判断が重要になります。一般の人にできるのは、AIの答えを加工せずに持ち込み、自分のことを隠さずに伝えることです。知っている量でAIと競う時代が終わっても、考える専門家に相談する意味は残ります。

取材日:2026年9月19日

編集プロダクション雨輝

この記事を書いた人

編集プロダクション雨輝

2014年創業。取材・執筆、編集、校正・校閲、ファクトチェックなど、コンテンツ制作を幅広く手がける編集プロダクション。正確性と信頼性を重視し、専門家への取材や一次情報の確認を通じた、質の高い情報発信に取り組んでいる。https://amaterupro.jp/

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