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文字を“書く”から“書かない”時代へ|いま校閲者が「AIや音声」に問われているたった一つのこと

文字を“書く”から“書かない”時代へ|いま校閲者が「AIや音声」に問われているたった一つのこと

2026,08.02

校正・校閲

「最近、文字が思い出せなくなった……」

いつもパソコンで文字を入力できているのに、いざ手書きで書こうとすると文字が思い浮かばず手が止まる。

このような感覚は、きっと多くの人が経験しているでしょう。

背景には、デジタル化の進展だけではなく、私たちを取り巻く「文字との付き合い方」における大きな変化があります。

仕事ではパソコン上でのやりとりが当たり前となり、私生活ではスマホでコミュニケーションを取り、最近は音声入力や生成AIの精度が向上し「話すだけ」で簡単に文章が完成する時代になりました。

加えてこれまで紙とペンで受けていたさまざまな試験が、パソコンやタブレットで受験する方式へ移行し始めています。

このデジタル時代の流れで便利になった一方で、「文字を書く」という行為そのものは社会から大きくかつ急速に減っています。

校正・校閲の業務は文字を画面上のテキストに集約することによって不要になったと感じるかもしれません。

しかしこの変化こそが、校正・校閲の役割がより重要度を増す要因になりつつあります。

本記事では、文字を書かなくなる時代の功罪を詳しく解説し、今後訪れるであろう問題点や取り組むべき課題について詳しく考察します。

「滅」が書けない――SNSの流行語が気付かせてくれたこと

「〇〇が好きすぎて滅」

先日、知人の何げないSNS投稿がふと目に留まりました。

これは2025年10月に配信リリースされた人気ダンスボーカルグループ「M!LK」のヒット曲のタイトル「好きすぎて滅!」から来ており、ティーン向けマーケティングを手掛ける 株式会社アイ・エヌ・ジーの「2026年夏!高校生最新トレンドランキング」のアンケートで「今一番好きな曲は?」の第3位に選ばれるなどして話題になり一気に広がりました。

日本漢字能力検定協会の「漢字ペディア」によると、「滅」は本来、①ほろびる、ほろぼす ②きえる③死ぬ、釈尊や高僧の死の意味ですが、「好きすぎて死んでもいい」「好きすぎてヤバイ」のように、高ぶったうれしさや喜びなどの感情を表す意味で若い世代を中心に浸透しています。

興味深い新語として心に残り、この後ペンでメモを取ろうとしました。ところが「滅」の漢字が「中に横線があったような……」「そもそも火じゃなくて『示』か?」と思い出せず、漢字の意味どおり記憶から消えていました。

さらに書き順を確認すると、4画目は横線ではなく「はらい」であることも知り、「ずっと違うイメージで覚えていたのかもしれない」と不安にかられてしまいました。

慌てて他の漢字もいくつか調べてみると、例えば「身」の漢字の下の横線は各フォントでは突き抜けていませんが、2016年に文化審議会国語分科会が示した「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」で示されているように突き抜けても間違いではないことなど、普段は気にも留めていなかった漢字の知識を次々と知らされます。

CBT試験が当たり前になる時代

2026年7月、法曹界にデジタル時代の波が押し寄せてきました。

法務省が公表した「令和8年司法試験受験案内」によれば、今回の司法試験(短答式の予備試験以外)から「CBT試験」になったといいます。

いわゆるCBT(Computer Based Testing)の導入です。

従来の紙とペンを使ったマークシート方式や筆記試験とは異なり、受験者は画面を見ながらクリックやキーボード入力で解答します。

現在では、

  • IT系資格
  • 医療系資格
  • 語学試験
  • 各種民間資格
  • 一部の大学入試

など、多くの試験で導入が進んでいます。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)のITパスポート試験はCBT方式で実施されており、文部科学省も小中高向けに公的CBTプラットフォーム「MEXCBT(メクビット)」を提供しています。同省によると、令和6年11月時点で約2.8万校・約890万アカウントが登録されています。

CBTのメリットは少なくありません。

試験日を柔軟に設定できること、採点結果を短時間で返せること、問題の更新や管理がしやすいこと。運営側・受験者側の双方に利点があります。

教育現場でデジタル化が進む現代ではごく自然な流れだといえますが、校閲者の視点で見ると一つ気になる点があります。

それは、「文字を書く機会」が確実に減っているということです。

「書く」から「選ぶ」へ変わる日本語

これまでの試験は、漢字を書き、文章を書き、計算式を書いて考えるのが当たり前でした。

しかしCBTでは、選択肢をクリックする場面が増えます。

もちろん記述式の試験もありますが、「書く」より「選ぶ」比重が年々高くなっています。

この変化は、日本語の理解力にも影響を与えています。

例えば、「薔薇(ばら)」という漢字は読めても、自分で書ける人は多くありません。

また「危機一髪」「絶体絶命」「正真正銘」は間違えやすい代表例です。

これは知識がなくなったわけではありません。頭の中には、依然として意味も読み方も残っています。

しかし、「書く」という動作を繰り返さなくなったことで、文字を再現する力は徐々に弱まっていきます。

スマホでは数文字入力するだけで変換候補が表示されます。

つまり、思い出す力よりも、候補から選ぶ力の方が日常的に頻繁に使われるようになっています。

音声入力・生成AIが変えた文章作成と新たな課題

手書き・キーボード入力・音声入力・生成AIと、文字の書き方が移り変わってきた流れを示した図。増えたのは速さと手軽さ、減ったのは手で書く機会

CBT試験の普及による日本語との向き合い方の変化はこれだけではありません。

現在、文章作成の方法はさらに大きく変わろうとしています。

その中心にあるのが、音声認識機能による音声入力と生成AIです。

スマホやパソコンに向かって指示文を打ったり話したりするだけで誰でも簡単に文章を作成できる時代になりました。

この技術は、仕事の効率を飛躍的に高める一方で、校正・校閲の現場はこれまでとは異なる類いの課題を目の当たりにしています。

音声入力の良しあし

音声入力のメリット(速い・ハンズフリー・アイデアを逃しにくい)と注意点(回答と解答、制作と製作など同音異義語の誤変換)を対比した図

スマホで話した内容をそのままメモにしたり、オンライン会議の議事録を自動で作成したり、動画で出力される音声から字幕を生成したりするなど、音声入力は仕事でも日常でも身近な存在になりました。

そしてなんといっても音声入力の最大の魅力は、入力の速さです。

キーボードで1文字ずつ入力するよりも、話すだけで自然な文章になるため、アイデアを逃さず記録できます。

手が離せない場面でも利用できることから、働き方を大きく変える技術として期待されていますが、注意したい点もあります。

それが「誤変換」です。

日本語には同音異義語が非常に多く存在します。

例えば、

  • 回答・解答
  • 制作・製作
  • 体制・態勢
  • 湧く・沸く
  • 必死・必至

など、音声だけでは区別しづらい言葉が数多くあります。

人間であれば文脈から判断できますが、現段階では誤変換されるケースが少なくありません。

また発音の不明さや曖昧さからくる誤変換も多く散見されます。

特に専門用語や商品名、人名、地名などは誤認識が起こりやすく、チェックレベルが低いまま公開されると信頼を損なう原因になります。

音声入力は、文章作成を支援する非常に優れた技術ですが、それはあくまでも「下書きを作る技術」であり、「正しい情報を保証する技術」ではありません。

生成AIは「自然な間違い」を作る

さらに校正・校閲の現場で増えているのが、生成AIが作成した文章のチェックです。

生成AIは以前よりも自然で読みやすい文章が書けるようになりました。

ところが、その自然さが新たな問題を生んでいます。

いわゆる「ハルシネーション(生成AIが事実に基づかない情報を、あたかも根拠があるかのように出力する現象)」です。

例えば、

  • 改正前の法令の情報になっている
  • 商品名がなじみのある旧名称のまま
  • 数字だけが古い
  • 社名変更したのに企業名が旧社名のまま
  • そもそも出典が存在しない
  • 引用内容が少しだけ異なる、修正された部分が反映されていない

といったミスです。

文法が正しいと違和感を覚えにくくなり、なかなか見抜けません。

だからこそ、人による確認がこれまで以上に重要になっています。

「書くこと」の重要性

生成AIの急速な普及は、別の弊害も生みました。

便利な一方で、「考える力」「書く力」の低下を懸念する声も上がり始めています。

BBC NEWS JAPANの2026年5月26日の報道「AIは人間の知性を低下させる? 英グリニッジ天文台が警告」によれば、英国の歴史ある科学機関である王立グリニッジ天文台は、AIツールへの過度な依存が人間の知性や好奇心の力を損なう可能性があると警鐘を鳴らしています。

また同天文台を運営するロイヤル・ミュージアムズ・グリニッジのディレクター、パディ・ロジャース氏 も、天文学の発展は人間が自ら考え、試行錯誤を重ねてきた歴史の上に成り立っているとし、AIを便利な道具として活用しながらも、「完全に頼り切らない姿勢が重要だ」と語りました。

「書くこと」は記憶を助ける

認知科学や教育学の分野では、手書きとキーボード入力では学習への影響が異なることが報告されています。日本認知科学会第38回大会(2021年)で発表された北海道教育大学の研究でも、キーボード入力は手書きに比べて誤答が多くなる傾向が示されました。

手書きは文字の形を意識しながら運筆するため、視覚・運動・言語処理が同時に働きます。

その結果、単に情報を入力するだけでなく、内容を整理しながら理解しやすくなる可能性があるとされています。

一方で、キーボード入力は大量の情報を素早く記録することに優れていますが、入力そのものが目的になりやすく、内容を深く考える時間が短くなることがあります。

もちろん、これは「手書きが優れていて、キーボード入力が劣っている」という話ではありません。

それぞれに得意分野があります。

重要なのは、入力方法が変われば、人の思考や文章との向き合い方も変わるということです。

手書きには「考える時間」があった

ゆっくり進む手書きの道と速く進むデジタルの道を対比し、速度が上がるほど立ち止まって確かめる時間が短くなることを示した図

手書きには、キーボードや音声での入力にはない特徴があります。

それは、文章を書く速度が遅いことです。

一見すると欠点のようですが、この「遅さ」が重要でした。

一文字ずつ書く間に、「この表現で伝わるだろうか」「この漢字で合っているだろうか」「言い回しが少し硬いかもしれない」と自然に考える時間が生まれます。

書きながら、同時に読み返す。手書きには、そうした時間が備わっています。

一方、キーボード入力や音声入力では、思考の速度に近いペースで文字を入力できます。

さらに生成AIでは、指示文を入れて「作成」ボタンを押すだけで文章全体が完成するため効率は飛躍的に向上しました。

しかし、その分だけ一文一文を吟味する時間は格段に短くなっています。

偉人たちが実践していた「手書き」という思考法

AIやデジタルツールが普及する現代において、「手書きは時代遅れではないか」と考える人も少なくありません。

しかし、歴史に名を残した偉人たちの仕事ぶりを振り返ると、手書きは単なる記録ではなく、「考えるための道具」として活用されていたことが分かります。

Museum Studies JAPANの「レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿のノート思考法とは― 絵・文字・仮説で思考を前に進める方法を認知科学から解説」によれば、ダ・ヴィンチは、多くのの「Codex(手稿)」を残しました。

そこには発明のアイデアや人体の観察、芸術、科学、数学など、さまざまな分野のメモやスケッチが所狭しと書き込まれています。

一見すると雑然としたノートですが、それこそが彼の幅広い知的好奇心の証しです。

ダ・ヴィンチにとって手書きは、記録するためではなく、発想を広げ、異なる知識を結び付けるための思考の場だったのでしょう。

経営学者のピーター・ドラッカーも、執筆には独自の手法を用いていました。

日本経済新聞「私の履歴書」 (「知の巨人 ドラッカー自伝」P.F.ドラッカー:著/牧野洋:訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009年発行)でのインタービューで明かしたのは、最初に手書きで全体像を描き、次に口述で内容を整理し、それをタイプライターで文章にまとめる。

そして初稿や第2稿は惜しみなく書き直し、第3稿で完成させるというプロセスです。

ドラッカーは効率だけでなく効果を重視した人物として知られていますが、その根底には「考えを深めるには、手書きによる整理が欠かせない」という発想がありました。

偉人のようになれ、という話ではありません。共通しているのは、「手書き」を単なる記録手段ではなく、「思考を深め、発想を広げるためのプロセス」として使っていた点です。

AI時代に求められる校正・校閲とは――「誤字脱字」から「情報品質保証」へ

製造業では、完成した製品を検査する厳しい品質管理の仕組みが確立されています。

では企業が発信する文字に対して同等レベルのものはあるでしょうか。

文章も企業活動の重要な成果物の一つですが、「最新のAIに学習させて作ったから」「信頼のおける担当者が確認したから」などケースバイケースのフィルターを介して公開されることも少なくありません。

しかし、これからの成熟したデジタル社会で求められるのは、「情報品質保証」という考え方です。

校正・校閲が担うのは、

  • 誤字脱字の確認
  • 正しい日本語の表現
  • 数字の整合性
  • 法令・ガイドラインとの整合
  • 最新情報との一致
  • 表記ルールの統一
  • 企業ブランドイメージとの整合
  • 引用元の確認
  • AI生成内容の検証

以上の工程を経て初めて公開できる情報品質保証だと捉えられる時代が到来したといっても過言ではありません。

今後製造業の「品質マネジメントシステム規格」のように「不良品が生まれない仕組み」を作ることが求められるでしょう。

ISOが定める国際的な品質マネジメントシステム規格(ISO 9001)では、「一貫した製品・サービスの提供」「顧客満足の向上」が品質保証の中心となっています。

総務省の「令和6年版 情報通信白書」も課題として挙げるハルシネーション以外にコンピューターが出した答えだから正しいと思い込み、確認がおろそかになる「自動化バイアス(Automation Bias)」現象も繰り返し指摘されています。

航空分野では1997年の研究論文「Automation bias」ですでに報告されており、医療や金融など安全性が重要な分野でも研究が重ねられてきました。

「書くこと」がますます減っていく中で、校正・校閲は正しく考える土台を保つ役割を担います。「木を見て森を見ず」に陥らず、常に情報全体を捉えながら、各工程に沿って細部まで厳しく見続ける。その姿勢がこれまで以上に問われます。

まとめ|AI時代の校正・校閲の役割は人が正しく考える土台作り

CBT試験の普及は、「書く」ことから「選ぶ」ことへ、音声入力は「打つ」ことから「話す」ことへ、そして生成AIは「文章を作る」ことから「文章を生成する」ことへと、私たちと文字との関わり方を大きく変えています。

これらの技術は、学習や仕事の効率を飛躍的に高める一方で、手書きの機会や文字を正確に記憶し思考する力、さらには情報の真偽を自ら確かめる習慣を少しずつ減らしつつあります。

だからといって、デジタル技術やAIを否定する必要はありません。

むしろ、これからの時代に求められるのは、「AIを使うこと」ではなく、「AIを正しく使いこなすこと」です。

そのためには、手書きによって考えを整理する時間を持ち、自分で考え、情報を見極める力を養うことが、これまで以上に重要になるでしょう。

同時に、校正・校閲の役割も大きく変わり始めています。

これまでのように誤字脱字を修正するだけではなく、「情報全体の品質」を保証する役割が求められています。

情報があふれ、誰もが簡単に文章を発信できる時代だからこそ、企業や組織の信頼は「どれだけ速く発信できるか」ではなく、「どれだけ正確で信頼できる情報を届けられるか」によって評価されます。

その最後の砦(とりで)となるのが、人の目による校正・校閲です。

音声入力や生成AIが文字を起こすことはできても、「この情報は本当に正しいのか」「読者に誤解を与えないか」「企業の信頼を損なわないか」を最終的に正しく判断できるのは、今もこれからも人間だけです。

「書くこと」が変化する時代だからこそ、「考える力」と「見極める力」が問われ、校正・校閲は、文字を整える仕事から社会へ発信する情報の品質と信頼を支える仕事へ――。

その価値は、AI時代の到来によって失われるどころか、むしろこれまで以上に高まっていくのではないでしょうか。

よくある質問(FAQ)

Q1. AIや音声入力が普及すれば、手書きで文字を書く必要はなくなるのでしょうか?

A. 必要性は減っても、価値はなくなりません。 AIや音声入力によって文章作成の効率は大幅に向上しましたが、手書きには思考を整理したり、記憶を定着させたり、漢字や表現を正確に理解したりする効果があります。レオナルド・ダ・ヴィンチやピーター・ドラッカーなど、多くの偉人も手書きを「考えるための道具」として活用していました。デジタルツールを活用しながらも、目的に応じて手書きを取り入れることが、思考力や文章力の維持につながります。

Q2. AIが文章を作成・校正できるなら、校正・校閲者は不要になるのでしょうか?

A. むしろ役割はさらに重要になると考えられます。 AIは誤字脱字や文法の修正を得意としていますが、情報の正確性や最新性、法令との整合性、企業独自のルール、ブランドイメージまで判断することは得意ではありません。また、もっともらしい誤情報(ハルシネーション)を生成する可能性もあります。そのため、AIが作成した文章を最終確認し、情報の信頼性を保証する校正・校閲の役割は、今後ますます重要になるでしょう。

Q3. 音声入力や音声認識機能を利用する際に気を付けることはありますか?

A. 「自動生成された文章は必ず確認する」という習慣を持つことが大切です。 音声認識機能は非常に便利ですが、「保証・保障・補償」や「仕様・使用」のような同音異義語、固有名詞、専門用語などは誤変換されることがあります。また、一見自然な文章に見えるため、誤りに気付きにくい点にも注意が必要です。議事録や動画字幕、ホームページなどで公開する文章では、人の目による校正・校閲を行い、内容や表記を確認してから発信することが、情報の品質と信頼性を守ることにつながります。

出典

ファクトチェック

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